2012年3月25日日曜日

九十九里町手記(54)


猫の額ほどしかない、閑居の畑(他に呼び方がないので、一応このように呼
ぶことにします)に、台所から出る野菜屑を埋めるために外に出たところ、
近所のTさんが閑居の前の休耕地で、何やら作業をしている姿を目にしまし
た。

以前から、閑居の前の休耕地で野菜でも作ろうという話を聞いていたので、
とりあえずスコップを片手にTさんからお話を聞くと、これから少しずつ草の
根(多くはセイタカアワダチソウの根)を取り除き、いつでも野菜作りを始め
ることができるように準備をしておきたいとのことでしたので、ご一緒させて
頂きました。

最初はスコップで草の根を掘り起こしていましたが、TさんがTKさんから借
用した三本爪型の鍬(備中鍬というのでしょうか)に代えてからは、作業効
率が格段にアップしました。
途中からAさんも加わり、種や苗を植える前から、収穫物の話に花が咲き
ます。

無理をすると腰にくるからと労いの言葉を掛けて頂きながら、額からの汗
が目に沁みるようになる頃、昼食の用意が整った旨の家人の知らせを切
っ掛けに、作業を切り上げることにしました。

当の休耕地はTGさんの所有地で、ご本人のご好意により、野菜作りの場
として利用させて頂くものです。 TGさんは、現在でもご自身で必要な野菜
を自家栽培なさっていらっしゃると伺っているので、ご迷惑にならない程度
に、野菜作りのご指導をお願いしたいと考えています。

2012年3月11日日曜日

九十九里町手記(53)

昨晩は、近所のTさんの紹介で、同じ町内に暮らすTさん、Zさん、Hさん、
それにNさんから、色々とお話を伺うことができました。
週末でないと閑居に戻ることができない私にとって、とても貴重な時間で
あり、お集まり頂いた方々に感謝の意を表します。 有難うございました。

ここに、「出会いについて」(小林司著、NHKブックス)という名の一冊
の本があります。 とても内容の濃い(広い)本なので、一言で言い表す
ことは難しいのですが、ここで述べられている「邂逅(かいこう)」につ
いて、少しだけご紹介させて頂きたいと思います。

・邂逅:思いがけなく出会うこと。めぐりあうこと。偶然のさま。たまさか。

・邂逅とは、単に途上で行き会うということではなく、呼びかけに応える
 ことであり、応えうる者にのみ恵まれる運命的な出会いである。

・邂逅は、求めて得られるものでもなく、求めずして得られるものでも
 ない。

同じ町内に暮らしていても、単に路上で行き会うだけでは、出会い(邂逅)
が生まれないことは体験から理解できます。 ましてやそれは求めても得
られないことの方が多いと思います。 それでは何故、人は出会いを探し
求めるのでしょうか?

人は、一生を通じて本当の自分の姿を見ることはできません。 鏡に映した
自分の姿は左右が逆になりますし、光のない場所では姿を映すことさえでき
ません。
同様に、本当の自分の心を知ることはできないのかも知れません。だからこ
そ、少しでも本当の自分の心を知りたいという思いが、人を出会いへと誘う
のかも知れませんね。

「九十九里町に植物工場を作りませんか?」プロジェクトについては、別の
ブログで出会いを求めていきたいと思います。
植物工場に興味のある方は、Raputam@mail.comまでご連絡下さい。