九十九里町に閑居を構えようと考え始めた頃は、数年間は在宅勤務で仕事をこなし、定年後は、それまでにお付き合い頂いた方々の範囲で、それまで以上に、主客双方が満足できる仕事の在り方について探求することを漠然と計画していました。
当時と比べると、周囲の状況は一変しましたが、基本的な考え方は現在も変わっておりません。
最近では、企業に定年を65歳まで延長する義務を与える「改正高年齢者雇用安定法」が話題になっています。 私は、この法律で定義されるところの「高年齢者」に該当するので、強ち無関心ではいられません。 現在私がお世話になっている企業は、恐らくは多くの零細企業がそうであるように、旧態の個人商店の延長といった社風を色濃く残しています。 そのような企業にとって、65歳定年延長義務化は、少なからぬ負担を強いるものとなりましょう。
さて、「改正高年齢者雇用安定法」の施行を前に、一部の企業では、高年齢者(55歳以上)を中心とした関連企業を新しく作るといった動きもあるようですが、普通の企業であれば、法律で定められなくとも、高年齢者雇用の問題に独自に取り組んできていると思います。
私は定年後に、そのような普通の企業と、雇用契約ではなく業務提携を締結したいと考えています。 その考え(仕組み)は、現在のシルバー人材センターと良く似ています。
はじめに、シルバー人材センターについて、公益社団法人 全国シルバー人材センター事業協会のホームページを見てみましょう。
「シルバー人材センター(センター)とは、高年齢者が働くことを通じて生きがいを得ると共に、地域社会の活性化に貢献する組織です。
センターは、原則として市(区)町村単位に置かれており、基本的に都道府県知事の許可を受けた社団法人で、それぞれが独立した運営をしています」
シルバー人材センターの特徴は、
1) 高年齢者のライフスタイルに合わせた「臨時的かつ短期的またはその他の軽易な就業」を提供
2) 「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」に基づく公益法人
3) 「生きがいを得るための就業」が目的なので、収入の保障はない
4) 契約はセンターが主体となる
5) 業務形態は請負または委任契約による(派遣業務は行わない)
6) センターは、「自主・自立、共働・共助」の理念に基づき、会員の総意と主体的な参画により運営される
一方、現時点で私は、
2)' 独自の取り組みを行う任意団体(またはNPO法人)
5)' 不測の事態に備えるための仕組み(保険)を設ける
7) 地域社会をどのようにして活性化するのか、または地域社会とどのようにして係りをもつのか、具体的な取り組みを示す
などについて考えています。
2013年3月31日日曜日
2013年3月30日土曜日
九十九里町手記(77)
現在お世話になっている会社の仕事場がある東京では、朝6:00から放送されているJ-WAVEのTOKYO MORNING RADIOを聞いています。
放送の中では、6:30から始まるPOWER YOUR MORNINGで、つい書き留めたくなる前向きなひと言が紹介されています。 この時間は、体を目覚めさせるために、軽い柔軟体操を行いながら放送を聴いているのですが、「これはっ!」と感じたひと言を、ダイレクトメールの余白などに走り書きしたものが、部屋の中に散在しています。
これをそのまま捨ててしまうのは惜しい気がしたので、こちらのブログでご紹介させて頂くことにしました。 番組では、ビジネスを対象にしたひと言が多いように感じますが、以下は、より広い世界を対象とすることを目指して、自分なりに勝手な解釈を加えたひと言です。
「火花が散る瞬間を忘れない!」
ある製造工場で、鉄板同士をスポット溶接する時に飛び散る火花を見て、この瞬間に新たな付加価値が物に与えてられていると感じたあなたは、物を運んだり会議をしたりする間に、物を作ることはできないと考えます。
確かに、物を運んだり会議をしたりすることも必要ですが、それらは物に最大の付加価値を与えるためのサポーターであることを意識していないと、本来の目的を見失ってしまいます。
火花が散る瞬間とは、物作りに携わる人々に、働く目的を再認識させるための手掛かりとなるひと言ではないでしょうか。
放送の中では、6:30から始まるPOWER YOUR MORNINGで、つい書き留めたくなる前向きなひと言が紹介されています。 この時間は、体を目覚めさせるために、軽い柔軟体操を行いながら放送を聴いているのですが、「これはっ!」と感じたひと言を、ダイレクトメールの余白などに走り書きしたものが、部屋の中に散在しています。
これをそのまま捨ててしまうのは惜しい気がしたので、こちらのブログでご紹介させて頂くことにしました。 番組では、ビジネスを対象にしたひと言が多いように感じますが、以下は、より広い世界を対象とすることを目指して、自分なりに勝手な解釈を加えたひと言です。
「火花が散る瞬間を忘れない!」
ある製造工場で、鉄板同士をスポット溶接する時に飛び散る火花を見て、この瞬間に新たな付加価値が物に与えてられていると感じたあなたは、物を運んだり会議をしたりする間に、物を作ることはできないと考えます。
確かに、物を運んだり会議をしたりすることも必要ですが、それらは物に最大の付加価値を与えるためのサポーターであることを意識していないと、本来の目的を見失ってしまいます。
火花が散る瞬間とは、物作りに携わる人々に、働く目的を再認識させるための手掛かりとなるひと言ではないでしょうか。
2013年3月10日日曜日
九十九里町手記(76)
平成25年3月4日(西暦2013年3月4日)、母は享年85歳の人生を終えました。
この3月1日は、母の満85歳の誕生日でしたが、私が病床の母の姿を最後に目にしたのは、3月3日(日)の夕刻でした。
父からの電話連絡を受けたのは、翌日3月4日の仕事中15:45頃でしたが、母が亡くなったのはそれより30分程前のことだったようです。
その日の夜に、母は病院から自宅に戻りましたが、斎場および火葬場の都合により、葬儀は3月8日、9日となったため、その間は葬儀屋の霊安室で預かって頂きました。
そして昨日、母の葬儀を無事終えて、九十九里町の閑居に戻りました。
まるで春一番のような1週間でしたが、ご近所や親戚縁者の方々に助けられ、妙な表現ですが良い思い出となるような葬儀を執り行うことができたと思います。 お集まり頂いた方々にも、この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。 有難うございました。
さて、誰もが背負わなければならない荷物を、これまでも一つ一つ、それぞれの場所に下ろしてきたわけですが、残り少なくなった荷物を目の前にして、そろそろ私にも人生の終活に本腰を入れなければならない時期が訪れたようです。
この3月1日は、母の満85歳の誕生日でしたが、私が病床の母の姿を最後に目にしたのは、3月3日(日)の夕刻でした。
父からの電話連絡を受けたのは、翌日3月4日の仕事中15:45頃でしたが、母が亡くなったのはそれより30分程前のことだったようです。
その日の夜に、母は病院から自宅に戻りましたが、斎場および火葬場の都合により、葬儀は3月8日、9日となったため、その間は葬儀屋の霊安室で預かって頂きました。
そして昨日、母の葬儀を無事終えて、九十九里町の閑居に戻りました。
まるで春一番のような1週間でしたが、ご近所や親戚縁者の方々に助けられ、妙な表現ですが良い思い出となるような葬儀を執り行うことができたと思います。 お集まり頂いた方々にも、この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。 有難うございました。
さて、誰もが背負わなければならない荷物を、これまでも一つ一つ、それぞれの場所に下ろしてきたわけですが、残り少なくなった荷物を目の前にして、そろそろ私にも人生の終活に本腰を入れなければならない時期が訪れたようです。
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