12/22(水)の20:30頃、閑居に帰る道すがら見た月は、背後から
煌々と夜道を照らす位置にあったものが、12/24(金)の同じ頃
には進路の低い位置から朧な月明かりを放つものに変わっていま
した。
歳を重ねた近頃では、以前にも増して冬の寒さが身に沁みるよう
に感じます。 ただ、凛としたこの時期の寒気もいいなと思って
みたりもするので不思議です。
そう言えば12/22は冬至だったかな、とWebを散策していると、
面白そうなホームページを見つけました。
「こよみのページ」http://koyomi.vis.ne.jp/
そもそも、どうして「今年の冬至は」のような言い方をするのか
よくわからなかったのですが、太陽が1年かけて移動する天球上
の道筋(黄道)を24等分し、それぞれの点を太陽が通過する瞬間
を定めた二十四節気なるものと関係があることがわかりました。
これから考えられることは、黄道は少しずつ変化しているという
ことです(閏年があることからも、推測できると思います)。
近く(とは言っても、距離にして1.5Km位ありますが)のスーパー
までの道の途中に、柚の木を植えてあるお宅があります。
先々週辺りから、風の強い日の後には道に柚が落ちているのを
目にするようになりました。
枝振りから考えると、持ち主からのささやかな贈り物といった
感じがしたので、2つばかり拾い上げて持ち帰り、その晩は柚湯に
して楽しみました。
2010年12月26日日曜日
2010年10月31日日曜日
九十九里町手記(30)
今週末(10/30、31)は、台風の影響もあり、荒れた天候になったので、
日用品の買出し以外は、閑居に籠もりっきりでした。
10/16(土)には、近くの神社で花火が上がりました。昨年からお世話
になり始めた床屋さんの話では、一旦は廃れた行事であったものが、
最近になって復活したとのことでした。
花火の数は小規模なものでしたが、近くで見るとそれはそれで趣きが
あります。思わず写真を、とデジタルカメラを引っ張り出してみました
が、花火の写真というものは思いの外難しいものだと感じました。
当の神社は「面足神社」と言う名称ではなかったかと思い、ウェブで
調べたところ下記のリンクが見つかりました。
http://www.kanko.chuo.chiba.jp/kanko/1849/
ただ、掲載されていた地図上の位置から考えても、紹介されているのは
別の神社ではないかと思いました。
また、閑居の周辺には神社・仏閣が少なからず点在していますが、
たまたま見つけたこちらのリンクも参考になると思います。
http://homepage3.nifty.com/youzantei/mitisirube/
jinja_bukkaku.html
本当は近くということもあり、実際に足を運んでお話しをお聞きしたかっ
たのですが、それはそれとして別の機会にとっておく事にします。
日用品の買出し以外は、閑居に籠もりっきりでした。
10/16(土)には、近くの神社で花火が上がりました。昨年からお世話
になり始めた床屋さんの話では、一旦は廃れた行事であったものが、
最近になって復活したとのことでした。
花火の数は小規模なものでしたが、近くで見るとそれはそれで趣きが
あります。思わず写真を、とデジタルカメラを引っ張り出してみました
が、花火の写真というものは思いの外難しいものだと感じました。
当の神社は「面足神社」と言う名称ではなかったかと思い、ウェブで
調べたところ下記のリンクが見つかりました。
http://www.kanko.chuo.chiba.jp/kanko/1849/
ただ、掲載されていた地図上の位置から考えても、紹介されているのは
別の神社ではないかと思いました。
また、閑居の周辺には神社・仏閣が少なからず点在していますが、
たまたま見つけたこちらのリンクも参考になると思います。
http://homepage3.nifty.com/youzantei/mitisirube/
jinja_bukkaku.html
本当は近くということもあり、実際に足を運んでお話しをお聞きしたかっ
たのですが、それはそれとして別の機会にとっておく事にします。
2010年9月5日日曜日
九十九里町手記(29)
【平成22年09月05日】
この金曜日(9/3)に閑居へ戻ってきたのですが、東金線の車両故障
に遭遇し、一時は無事に辿り着けるかどうか不安な思いをしました。
何でも、車両が2台しかないということらしいのですが、それはそれと
しても、公共機関で危機管理の意識が薄いのは困りものです。
以前にも話題にしたと思いますが、もしも都心と地方という見方を
するならば、「都心では危機管理の意識が高い」、「地方では危機管理
の意識が低い」では困ります。
閑話休題:
近所のTさんに誘われて、九十九里町周辺を車で案内して頂いたときに、
九十九里町自動車教習所の隣にある、洒落たカフェで軽い昼食をとった
のですが、そこに置いてあった「九十九里町ガイドマップ」がなかなか
良かったのでご紹介しておきます。
発行:九十九里町観光協会 http://www.99kankou.com/
このマップによると、真亀海水浴場辺りに、高村光太郎さんの詩碑が
あるようです。 今は未だ車をもてない身ですが、車を手にしたら出掛け
てみようと思います。
「風にのる智恵子」
狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴の風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ
昭和10年(1942年)4月
― 新潮文庫 智恵子抄より引用 ―
この金曜日(9/3)に閑居へ戻ってきたのですが、東金線の車両故障
に遭遇し、一時は無事に辿り着けるかどうか不安な思いをしました。
何でも、車両が2台しかないということらしいのですが、それはそれと
しても、公共機関で危機管理の意識が薄いのは困りものです。
以前にも話題にしたと思いますが、もしも都心と地方という見方を
するならば、「都心では危機管理の意識が高い」、「地方では危機管理
の意識が低い」では困ります。
閑話休題:
近所のTさんに誘われて、九十九里町周辺を車で案内して頂いたときに、
九十九里町自動車教習所の隣にある、洒落たカフェで軽い昼食をとった
のですが、そこに置いてあった「九十九里町ガイドマップ」がなかなか
良かったのでご紹介しておきます。
発行:九十九里町観光協会 http://www.99kankou.com/
このマップによると、真亀海水浴場辺りに、高村光太郎さんの詩碑が
あるようです。 今は未だ車をもてない身ですが、車を手にしたら出掛け
てみようと思います。
「風にのる智恵子」
狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴の風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ
昭和10年(1942年)4月
― 新潮文庫 智恵子抄より引用 ―
2010年8月21日土曜日
九十九里町手記(28)
【平成22年08月21日】
今年の夏は、連日猛暑日(1日の最高気温が35℃以上の日)となる暑い
夏になりました。
その影響もあって、ブログの更新も滞っていましたが、幸い昨日辺りから
凌ぎ易くなってきたので、ようやく落ち着いて机に向かうことができる
ようになりました。
前回、九十九里町中央公民館のことに触れましたが、ここでちょっと
驚いたことがありました。
と言いますのは、高村光太郎さん直筆による一編の詩が、ひっそりと
展示されていたからです。
「高村光太郎」と言えば、私には「智恵子抄」しか思い浮かびませんが、
どうして高村光太郎さんの詩が先の公民館に展示されているのか不思議
に思いました。
幸い、私の手元には学生時代に読んだと思われる「智恵子抄」が残って
いたので、今回と幾つかの番外編に分けて、その辺りの事情をご紹介
したいと思います。
「千鳥と遊ぶ智恵子」
人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の砂にすわって智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい―
砂に小さな(足)あとをつけて千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい―
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい―
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行ってしまった智恵子のうしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽くす。
昭和12年(1937年)7月
― 新潮文庫 智恵子抄より引用 ―
今年の夏は、連日猛暑日(1日の最高気温が35℃以上の日)となる暑い
夏になりました。
その影響もあって、ブログの更新も滞っていましたが、幸い昨日辺りから
凌ぎ易くなってきたので、ようやく落ち着いて机に向かうことができる
ようになりました。
前回、九十九里町中央公民館のことに触れましたが、ここでちょっと
驚いたことがありました。
と言いますのは、高村光太郎さん直筆による一編の詩が、ひっそりと
展示されていたからです。
「高村光太郎」と言えば、私には「智恵子抄」しか思い浮かびませんが、
どうして高村光太郎さんの詩が先の公民館に展示されているのか不思議
に思いました。
幸い、私の手元には学生時代に読んだと思われる「智恵子抄」が残って
いたので、今回と幾つかの番外編に分けて、その辺りの事情をご紹介
したいと思います。
「千鳥と遊ぶ智恵子」
人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の砂にすわって智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい―
砂に小さな(足)あとをつけて千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい―
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい―
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行ってしまった智恵子のうしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽くす。
昭和12年(1937年)7月
― 新潮文庫 智恵子抄より引用 ―
2010年6月26日土曜日
九十九里町手記(27)
【平成22年06月26日】
月の第2・第4土曜日に、九十九里町中央公民館
(http://www.town.kujukuri.chiba.jp/0000000046.html)で行われて
いる「健康教室」に、この5月から通っています。
正直なところを言えば、内容についてはあまり期待をしていませんで
したが、講師のMさんは知識・技術・話術を実に巧みに組み合わせて
くるので、楽しいだけでなく、デスクワーク中心で凝り固まった体を
リセットできる点が気に入りました。
さて、「公民館」という言葉が出てきたところで、公民館について少し
調べてみました。
公民館とは、その地域の住民の教養の向上・健康の増進・情操の純化
などを図るため、社会教育法に基づいて市町村が設置する施設を指し、
講習会・学習会・集会など住民の自主的な社会教育活動の場として提供
されるものだそうです。
ついでに、「社会教育法 第五章 公民館 第二十条 目的」について見て
みると、
「公民館は、市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即す
る教育、学術及び文化に関する各種の事業を行い、もつて住民の教養の
向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の
増進に寄与することを目的とする」とあります。
また、同法第二十二条 公民館の事業では、第二十条の目的を達成する
ために、定期講座を開設したり、討論会、講習会、講演会、実習会、
展示会等を開催したりします(他にも、図書、資料等を備え、その利用
を図ったり、施設を住民の集会や他の公共的利用に供したりします)
つまり、今回の「健康教室」は、公民館の目的に沿う事業の一環として
開設されたということですね。
月の第2・第4土曜日に、九十九里町中央公民館
(http://www.town.kujukuri.chiba.jp/0000000046.html)で行われて
いる「健康教室」に、この5月から通っています。
正直なところを言えば、内容についてはあまり期待をしていませんで
したが、講師のMさんは知識・技術・話術を実に巧みに組み合わせて
くるので、楽しいだけでなく、デスクワーク中心で凝り固まった体を
リセットできる点が気に入りました。
さて、「公民館」という言葉が出てきたところで、公民館について少し
調べてみました。
公民館とは、その地域の住民の教養の向上・健康の増進・情操の純化
などを図るため、社会教育法に基づいて市町村が設置する施設を指し、
講習会・学習会・集会など住民の自主的な社会教育活動の場として提供
されるものだそうです。
ついでに、「社会教育法 第五章 公民館 第二十条 目的」について見て
みると、
「公民館は、市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即す
る教育、学術及び文化に関する各種の事業を行い、もつて住民の教養の
向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の
増進に寄与することを目的とする」とあります。
また、同法第二十二条 公民館の事業では、第二十条の目的を達成する
ために、定期講座を開設したり、討論会、講習会、講演会、実習会、
展示会等を開催したりします(他にも、図書、資料等を備え、その利用
を図ったり、施設を住民の集会や他の公共的利用に供したりします)
つまり、今回の「健康教室」は、公民館の目的に沿う事業の一環として
開設されたということですね。
2010年5月23日日曜日
九十九里町手記(26)
【平成22年05月23日】
先週東京へ戻る際に、こちらに来るようになってから初めて、16時26分
東金発の大網行きに乗り遅れました。 千葉行きのバスの車内でウトウト
していたのですが、ふっと目を開けたところが片貝県道入口付近でした。
車内の時計を見ると、時既に16時23分で、電車の時刻に間に合いそうも
ないと内心諦めていました。
昨日の土曜日(5/22)は、10時までに公民館に行かなければならない用事
があったので、9時35分のバスに間に合うように閑居を出たのですが、
お目当てのバスは私の目の前を、9時32分に通過して行きました。
更に、後続の9時47分のバスが到着したのは、9時57分でした(もっとも、
こちらのバスは千葉駅発のようでした)。
首都圏を中心に物事を考えると、閑居の佇む場所を言い表すために、地方
という呼び方が生じます。
首都圏では、前の電車やバスに乗り遅れたとしても、後続の電車やバスは
通常その後の予定に支障をきたさない範囲で到着します。
しかし、1時間に1本の電車やバスが時刻表よりも早く通過してしまったり、
逆に遅れて到着したりすると、その後の予定に大きな影響を与えます。
このことは、首都圏における交通システムに比べて、地方における交通
システムは、(別の意味で)より高度なものでなければならない、という
ことではないでしょうか。
先週東京へ戻る際に、こちらに来るようになってから初めて、16時26分
東金発の大網行きに乗り遅れました。 千葉行きのバスの車内でウトウト
していたのですが、ふっと目を開けたところが片貝県道入口付近でした。
車内の時計を見ると、時既に16時23分で、電車の時刻に間に合いそうも
ないと内心諦めていました。
昨日の土曜日(5/22)は、10時までに公民館に行かなければならない用事
があったので、9時35分のバスに間に合うように閑居を出たのですが、
お目当てのバスは私の目の前を、9時32分に通過して行きました。
更に、後続の9時47分のバスが到着したのは、9時57分でした(もっとも、
こちらのバスは千葉駅発のようでした)。
首都圏を中心に物事を考えると、閑居の佇む場所を言い表すために、地方
という呼び方が生じます。
首都圏では、前の電車やバスに乗り遅れたとしても、後続の電車やバスは
通常その後の予定に支障をきたさない範囲で到着します。
しかし、1時間に1本の電車やバスが時刻表よりも早く通過してしまったり、
逆に遅れて到着したりすると、その後の予定に大きな影響を与えます。
このことは、首都圏における交通システムに比べて、地方における交通
システムは、(別の意味で)より高度なものでなければならない、という
ことではないでしょうか。
2010年5月3日月曜日
九十九里町手記(25)
猫に恨みはありませんが、植えたばかりの苗を穿り返したり、準備した
畝の上で地団駄を踏まれるのは、正直心穏やかなものではありません。
閑居の周囲は所謂砂地なので、調べた情報によると、猫にとっては生理
現象の結果を放出するための、格好の場所になるのだそうです。
そう言われてみると、野草を取り除いた後に好んで立ち入る風にも見え
ます。 このままでは状況が改善しそうにないので、不本意ですが柵を
巡らすなどの対策が必要になりそうです。
この連休中は、まずまずの好天に恵まれるとの予報でしたが、昨日は
程よい日差しに加え、髪を梳く心地良い風が気分をリフレッシュさせて
くれました(とは言いましても、髪は大分寂れてきましたが)。
久し振りに海岸まで散策に出かけてみました。 磯の香りはまだ淡く、
波打ち際で遊ぶ人々の数も、それ程多くはありませんでしたが、潮見表
によれば、12:22頃が最も低い潮位に当たるようで、潮干狩りを楽しんで
いる方々の姿も見えました(ちなみに今は中潮ですが、この後は次第に
小潮に向かうようです)。
ご近所の田んぼは、あっと言う間に田植えを終えていました。 昨年の
連休の時に書いた手記を読み返してみると、やはり田植えのことが記さ
れていました。 そう言えば、今年の連休にHさんとは未だお会いして
いません(Hさんのお宅に咲いているのはリンゴの花だと思うのですが)。
畝の上で地団駄を踏まれるのは、正直心穏やかなものではありません。
閑居の周囲は所謂砂地なので、調べた情報によると、猫にとっては生理
現象の結果を放出するための、格好の場所になるのだそうです。
そう言われてみると、野草を取り除いた後に好んで立ち入る風にも見え
ます。 このままでは状況が改善しそうにないので、不本意ですが柵を
巡らすなどの対策が必要になりそうです。
この連休中は、まずまずの好天に恵まれるとの予報でしたが、昨日は
程よい日差しに加え、髪を梳く心地良い風が気分をリフレッシュさせて
くれました(とは言いましても、髪は大分寂れてきましたが)。
久し振りに海岸まで散策に出かけてみました。 磯の香りはまだ淡く、
波打ち際で遊ぶ人々の数も、それ程多くはありませんでしたが、潮見表
によれば、12:22頃が最も低い潮位に当たるようで、潮干狩りを楽しんで
いる方々の姿も見えました(ちなみに今は中潮ですが、この後は次第に
小潮に向かうようです)。
ご近所の田んぼは、あっと言う間に田植えを終えていました。 昨年の
連休の時に書いた手記を読み返してみると、やはり田植えのことが記さ
れていました。 そう言えば、今年の連休にHさんとは未だお会いして
いません(Hさんのお宅に咲いているのはリンゴの花だと思うのですが)。
2010年4月29日木曜日
九十九里町手記(24)
先月から今月にかけて、仕事が忙しかったせいもあり、週末に閑居に
戻ると、何もせずに過ごす事が多かったのですが、先週はトマトの苗、
今週は大豆を植えてみました。
大豆については、先にお話しした木村さんの教えによるものです。
目的のため、肥料は使用せず、地上から30cm程度のところまでを掘り
返し、小石、草の茎葉や根などを篩いにかけて取り除いた後に種を蒔き
ました。
見映えの良い大豆に育てるつもりならば、適正な施肥が必要でしょう。
しかし、今回の目的は根粒菌(根瘤菌)の働きを実感してみることなの
で、肥料(有機肥料、化成肥料の類)を使用しないようにしました。
マメ科の植物と根粒菌の共生関係については、たまたま見つけたこちら
のサイト http://www2.tokai.or.jp/seed/seed/ にやさしい解説があり
ます。
特に、タンパク質を構成する元素の中でも窒素(N)だけは、そのままの
形で植物が吸収できないため、窒素化合物として与えてやらなければ
ならないことがわかります。
根粒菌は、植物の根に寄生して、植物が光合成により作り出した糖や
デンプンを分けてもらう代わりに、空気中の窒素から窒素化合物(アン
モニアなど)を作り出して(窒素固定)、植物に与えます。
途中で枝豆として利用するものを除き、完熟させた種子を採取すること
も目的の一つであり、ゆくゆくは閑居の庭に適応した品種を作ろうと考
えています(固定種と呼べるものなのかどうかは不明ですが)
※ こちらのサイト http://noguchiseed.com/body.html も偶然見つけた
ものですが、お薦めです(木村さんのことが紹介されていたのも偶然
でしょうか)
戻ると、何もせずに過ごす事が多かったのですが、先週はトマトの苗、
今週は大豆を植えてみました。
大豆については、先にお話しした木村さんの教えによるものです。
目的のため、肥料は使用せず、地上から30cm程度のところまでを掘り
返し、小石、草の茎葉や根などを篩いにかけて取り除いた後に種を蒔き
ました。
見映えの良い大豆に育てるつもりならば、適正な施肥が必要でしょう。
しかし、今回の目的は根粒菌(根瘤菌)の働きを実感してみることなの
で、肥料(有機肥料、化成肥料の類)を使用しないようにしました。
マメ科の植物と根粒菌の共生関係については、たまたま見つけたこちら
のサイト http://www2.tokai.or.jp/seed/seed/ にやさしい解説があり
ます。
特に、タンパク質を構成する元素の中でも窒素(N)だけは、そのままの
形で植物が吸収できないため、窒素化合物として与えてやらなければ
ならないことがわかります。
根粒菌は、植物の根に寄生して、植物が光合成により作り出した糖や
デンプンを分けてもらう代わりに、空気中の窒素から窒素化合物(アン
モニアなど)を作り出して(窒素固定)、植物に与えます。
途中で枝豆として利用するものを除き、完熟させた種子を採取すること
も目的の一つであり、ゆくゆくは閑居の庭に適応した品種を作ろうと考
えています(固定種と呼べるものなのかどうかは不明ですが)
※ こちらのサイト http://noguchiseed.com/body.html も偶然見つけた
ものですが、お薦めです(木村さんのことが紹介されていたのも偶然
でしょうか)
2010年3月20日土曜日
九十九里町手記(23)
【平成22年03月20日】
2月下旬に定植した柿の苗木も、既に葉芽(はめ、ようが)が綻び、
所謂萌黄色の葉が開きつつある状態です。
また今朝は、恐らく先週には芽を出していたであろう土筆を発見し、
少し目を離した間の大きな周囲の変化に驚きを隠せません。
当初は、林檎の苗木を植えようと考えていたのですが、たまたま苗木
が手に入らなかったので、代わりに(と言っては柿に失礼かも知れま
せんが)柿の苗木を植えることにしました。
ところが先日、友人から借りた本「リンゴが教えてくれたこと/木村
秋則著」を読み進む内に、強い衝撃を受けました。
この場で本の内容に触れる事はしませんが、農業を「自然生態業」と
表現する部分は、氏の信条を一言で表していると思います。
「物事を知りたい」という人の基本的な心の働きは、「科学」という
呪文により、時にはあらぬ方向へと導かれてしまうことがあります。
自らが主体となりリンゴを知るということではなく、逆に自らを客体
となし、リンゴを主体とすることでリンゴから教えを授かるという
姿勢を、時には忘れてはならないと思いました。
話しは変わりますが、閑居にもようやく光ケーブルが敷設されました。
既にご利用の方はご存知だと思いますが、ADSLなどと比較して利用料
が割高であることは確かです。 ただ、今後様々な利用方法が考えら
れるので、興味のある方はご検討なさってみてはいかがでしょうか。
2月下旬に定植した柿の苗木も、既に葉芽(はめ、ようが)が綻び、
所謂萌黄色の葉が開きつつある状態です。
また今朝は、恐らく先週には芽を出していたであろう土筆を発見し、
少し目を離した間の大きな周囲の変化に驚きを隠せません。
当初は、林檎の苗木を植えようと考えていたのですが、たまたま苗木
が手に入らなかったので、代わりに(と言っては柿に失礼かも知れま
せんが)柿の苗木を植えることにしました。
ところが先日、友人から借りた本「リンゴが教えてくれたこと/木村
秋則著」を読み進む内に、強い衝撃を受けました。
この場で本の内容に触れる事はしませんが、農業を「自然生態業」と
表現する部分は、氏の信条を一言で表していると思います。
「物事を知りたい」という人の基本的な心の働きは、「科学」という
呪文により、時にはあらぬ方向へと導かれてしまうことがあります。
自らが主体となりリンゴを知るということではなく、逆に自らを客体
となし、リンゴを主体とすることでリンゴから教えを授かるという
姿勢を、時には忘れてはならないと思いました。
話しは変わりますが、閑居にもようやく光ケーブルが敷設されました。
既にご利用の方はご存知だと思いますが、ADSLなどと比較して利用料
が割高であることは確かです。 ただ、今後様々な利用方法が考えら
れるので、興味のある方はご検討なさってみてはいかがでしょうか。
2010年2月13日土曜日
九十九里町手記(22)
【平成22年02月13日】
先週の土曜日(2/6)は東京に用事があったので、前の晩はこちらへ戻らず、
東京で用事を済ませた後、帰宅の途に就きました。
当日、折柄の強風で京葉線のダイヤに乱れが生じたため、一時は日のある
間に閑居に辿り着けるかどうか不安でした。
「風の谷のナウシカ」ではありませんが、九十九里町でも風の吹く日が少
なくありません。
閑居の周りは所謂砂地なので、冬の乾燥した時期は、まるで砂嵐のような
有様です。パウダースノーならぬパウダーサンドが、サッシのレールの溝
などから溢れんばかりの状態になります。
昨年の春に手を焼いた野草も、冬には枯れて地面を覆うため、砂が風に舞う
ことを防ぐ役目を果たします。物事を一つの側面からだけで捉えてしまうと、
本質を見失うこともあります。とは言え、セイタカアワダチソウは丈があり
過ぎるので、この春にはもう少し小振りの野草を考えてみることにします。
先週の土曜日(2/6)は東京に用事があったので、前の晩はこちらへ戻らず、
東京で用事を済ませた後、帰宅の途に就きました。
当日、折柄の強風で京葉線のダイヤに乱れが生じたため、一時は日のある
間に閑居に辿り着けるかどうか不安でした。
「風の谷のナウシカ」ではありませんが、九十九里町でも風の吹く日が少
なくありません。
閑居の周りは所謂砂地なので、冬の乾燥した時期は、まるで砂嵐のような
有様です。パウダースノーならぬパウダーサンドが、サッシのレールの溝
などから溢れんばかりの状態になります。
昨年の春に手を焼いた野草も、冬には枯れて地面を覆うため、砂が風に舞う
ことを防ぐ役目を果たします。物事を一つの側面からだけで捉えてしまうと、
本質を見失うこともあります。とは言え、セイタカアワダチソウは丈があり
過ぎるので、この春にはもう少し小振りの野草を考えてみることにします。
2010年1月9日土曜日
九十九里町手記(21)
【平成22年01月09日】
明日1月10日(日)は、伊能忠敬記念公園の清掃当番に当たります。
伊能忠敬という人、生まれは現在の千葉県山武郡九十九里町小関であり、
閑居からそれ程遠くない場所です。
私とこの記念公園はちょっとした縁があるのですが、先日立ち寄ったとき
にも良く手入れがされているようでした。
伊能忠敬は、当時小関村名主(名田の経営を請け負う者)小関五郎左衛門
家に生まれ、幼名は三治郎と呼ばれたそうです。 18歳の時に、現在の千葉
県香取市佐原の伊能家に婿養子に入ったことから、姓が変わったということ
を初めて知りました。 じつは、知人に千葉県出身の方がいて、前記の事情
をご存知でしたが、九十九里町に生家があったことはご存知ないようでした。
本来ならば、1月11日(月)成人の日まで、閑居でのんびりと過ごすことが
できるはずでしたが、現在進行中のプロジェクトが大詰めを迎えつつある
状況下で、当日は出勤せざるを得ないことになりました。
次回は、1月16日か23日頃になると思いますが、九十九里町との関わりの中
で気付いたことなどを記したいと思います。
明日1月10日(日)は、伊能忠敬記念公園の清掃当番に当たります。
伊能忠敬という人、生まれは現在の千葉県山武郡九十九里町小関であり、
閑居からそれ程遠くない場所です。
私とこの記念公園はちょっとした縁があるのですが、先日立ち寄ったとき
にも良く手入れがされているようでした。
伊能忠敬は、当時小関村名主(名田の経営を請け負う者)小関五郎左衛門
家に生まれ、幼名は三治郎と呼ばれたそうです。 18歳の時に、現在の千葉
県香取市佐原の伊能家に婿養子に入ったことから、姓が変わったということ
を初めて知りました。 じつは、知人に千葉県出身の方がいて、前記の事情
をご存知でしたが、九十九里町に生家があったことはご存知ないようでした。
本来ならば、1月11日(月)成人の日まで、閑居でのんびりと過ごすことが
できるはずでしたが、現在進行中のプロジェクトが大詰めを迎えつつある
状況下で、当日は出勤せざるを得ないことになりました。
次回は、1月16日か23日頃になると思いますが、九十九里町との関わりの中
で気付いたことなどを記したいと思います。
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