少し時間が空いてしまいましたが、今回は「自由大学」について、私の考えるところをお話させて頂きたいと思います。
発端は、東京電力福島第一原子力発電所の事故から、災害に備えて九十九里町に植物工場を作ってはどうかと考えたことでした。 植物工場では、災害時に野菜と飲料水を供給することができます。 また、工場内部は環境を制御できるようになっているので、一時避難場所としても活用できます。
ただし、単にお金を使って植物工場を作ったとしても、そこに暮らす人々が継続的に必要としない施設に意味はないとの考えから、住人自らの手で子々孫々まで繋げるための計画を立案し、住人自らの手で必要な施設を作る方法を確立する必要が生じます。
そのためには、一握りの専門家と呼ばれる個の知ではなく、そこに暮らす人々による集合知が大きな役割を担うのではないかと考えました。 勿論、植物工場を作るために専門的な知識は必要です。 しかし、その道の専門家がその町の住人であるということは稀でしょうし、ましてや子々孫々までの事を考えに入れるかどうかは難しいところでしょう。
前置きが長くなりましたが、要はそこに暮らす人々が、自らの意思により専門的な知識を習得できる場を、自らの手で用意しようというものです。 そして同時にそれは、習得した知識(技術・技能)を、人から人へと繋げて行く場でもあります。
※ 次回は、「自由大学」を実現するための具体的な活動について、考えてみたいと思います。
2014年11月9日日曜日
2014年8月31日日曜日
九十九里町手記(95)
今回から少し趣向を変えて、「九十九里町に~」シリーズの発展形について考えてみたいと思います。
「九十九里町に植物工場を作りませんか?」に思いが至ったのは、2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故が切っ掛けでした。
その後、植物工場を津波から守るための「人工高台」、植物工場では大量の電力を消費するため、これを補う「自然エネルギーを利用した発電所」、学びたいことを自由に学ぶことができる「自由大学」、そして生命の源である水を守る「貯水槽」と「水再生施設」へと続きます。
この中から、今回は「自由大学」について、少しお話をさせて頂こうと思います。
以前、東京都世田谷区の三宿にある「自由大学」のことを知り、こちらに移住するまで生活の拠点としていた場所とそう遠くない(土地鑑があった)ことから、一度問い合わせを行ったことがありました。 しかし、待てど暮らせど返事がなく、そうこうする内に興味が冷めてしまいました。
ただ、何故そのような仕組み(自由大学)を作ったのかといった点で、共感できる部分が少なくありません。
(http://freedom-univ.com/about/index.html)
そこで、九十九里町にも「自由大学」を作ろうと考えるようになりました。
「自由大学」に興味のある方がいらっしゃいましたら、どうぞコメントをお寄せ下さい。
※ 次回は、何故「自由大学」なのか、といった点からお話をさせて頂く予定でいます。
「九十九里町に植物工場を作りませんか?」に思いが至ったのは、2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故が切っ掛けでした。
その後、植物工場を津波から守るための「人工高台」、植物工場では大量の電力を消費するため、これを補う「自然エネルギーを利用した発電所」、学びたいことを自由に学ぶことができる「自由大学」、そして生命の源である水を守る「貯水槽」と「水再生施設」へと続きます。
この中から、今回は「自由大学」について、少しお話をさせて頂こうと思います。
以前、東京都世田谷区の三宿にある「自由大学」のことを知り、こちらに移住するまで生活の拠点としていた場所とそう遠くない(土地鑑があった)ことから、一度問い合わせを行ったことがありました。 しかし、待てど暮らせど返事がなく、そうこうする内に興味が冷めてしまいました。
ただ、何故そのような仕組み(自由大学)を作ったのかといった点で、共感できる部分が少なくありません。
(http://freedom-univ.com/about/index.html)
そこで、九十九里町にも「自由大学」を作ろうと考えるようになりました。
「自由大学」に興味のある方がいらっしゃいましたら、どうぞコメントをお寄せ下さい。
※ 次回は、何故「自由大学」なのか、といった点からお話をさせて頂く予定でいます。
2014年7月21日月曜日
九十九里町手記(94)
途中で何度か、ブログの方向性の見直しを行ってきましたが、考えるまでもなく、ブログ
を始めようとする方は、既にパーソナルコンピュータが利用できる環境をおもちでしょう
し、そうでない方は「私にブログ立ち上げのお手伝いをさせて下さい」とブログ上でお話
させて頂いても、当のブログをお読み頂けるだけの環境すらないのかも知れません。
SNSなどで何人かの方には、九十九里町で生活する上で有用な情報の交換をもちかけてみた こともありましたが、上手く行きませんでした。 それよりも、行き付けの床屋のご主人との会話や、ボランティアの方々との会話の中に、 日常生活の有用なヒントになるものが多々あります。 このようなことから、悪戯にブログ仲間を増やす必要もないのかなと思うようになりました。
とは言いましても、九十九里町に関する情報提供や意見交換は大歓迎です。興味のある方が いらっしゃいましたら、お気軽にご一報下さい。
さて、「100円グッズで水耕菜園」なる本から刺激を受けて、今年の春から葉物野菜の水耕 栽培に挑戦しています。 今のところ、成果は20%程度といったところであり、満足な成果 を出すことはできていません。 失敗を繰り返す内に、ある程度は原因が明らかになりつつ ありますが、要するに原因は一つではないので、この先満足な成果を出すまでに、まだまだ 長い道程が続きそうです。
SNSなどで何人かの方には、九十九里町で生活する上で有用な情報の交換をもちかけてみた こともありましたが、上手く行きませんでした。 それよりも、行き付けの床屋のご主人との会話や、ボランティアの方々との会話の中に、 日常生活の有用なヒントになるものが多々あります。 このようなことから、悪戯にブログ仲間を増やす必要もないのかなと思うようになりました。
とは言いましても、九十九里町に関する情報提供や意見交換は大歓迎です。興味のある方が いらっしゃいましたら、お気軽にご一報下さい。
さて、「100円グッズで水耕菜園」なる本から刺激を受けて、今年の春から葉物野菜の水耕 栽培に挑戦しています。 今のところ、成果は20%程度といったところであり、満足な成果 を出すことはできていません。 失敗を繰り返す内に、ある程度は原因が明らかになりつつ ありますが、要するに原因は一つではないので、この先満足な成果を出すまでに、まだまだ 長い道程が続きそうです。
2014年1月19日日曜日
九十九里町手記(93)
手元に、今月の「広報くじゅうくり」が見当たらないので、町役場のホームページに用意されているPDFファイルを開いてみました。 このような時に、電子化された文書ファイルは便利だと感じます。
「写真で振り返るまちの10の出来事2013」の中に、2013年5月に完成したという「津波避難タワー」の写真が掲載されていました。 以前、津波から命を守る避難施設の設置要望書に署名をしましたが、まさかそのことではあるまいと要望書の日付を確認したところ、それは平成25年7月吉日になっていたので、別ものだとわかり少し安堵しました。
さて、九十九里町に閑居を構えてから5年目に入りましたが、2020年には東京でオリンピックが開催されるなど、先のことを考えると都市と地方(このような表現は適切でないかも知れませんが)の格差は、益々広がる方向にあるのではないかと思います。
東京では2月に都知事選が行われる予定になっていますが、現在東京都の人口はおよそ1,320万人とされており、乱暴な言い方をすれば、誰が都知事に選ばれようと(余程お金の使い道を間違えるようなことをしなければ)体制に影響はないと考えられます。
一方、九十九里町の人口はおよそ18,000人ですから、お金でものごとを何とかしようと考えた場合は、単純に計算しても東京の1/1000程度のことしか実現できないことになります。そこで、足りないものを補うための一つの方法として、一人一人が正しい知恵を身に付ける必要があるのではないでしょうか。
今年も、「九十九里町に植物工場を作りませんか?」「九十九里町に里山を作りませんか?」「九十九里町に発電所を作りませんか?」「九十九里町に自由大学を作りませんか?」等々、皆さんと一緒に考えて行きたいと思います。
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