2016年12月31日土曜日

九十九里町手記(116)

昨日、Tさんのお宅で、Fさんを交えて九十九里町の新しい産業について話をしました。

先ず、私からセルロースナノファイバー(CNF)に関する話題を提示させて頂き、Fさんからは様々な観点から興味深いご指摘を頂きました。

その中で、最も重要なことは、事業の継続性に関する指摘ではないかと思います。 特に、FさんはCNFを最先端技術の一つと捉えており、大手企業が市場を独占するでしょうから、小さな組織では太刀打ちができないと考えていらっしゃるようでした。

この点について、私の考えは「九十九里町に植物工場を作りませんか」プロジェクトと同様に、現代版里山構想の上に組み立てられています。

CNFのプロモーションビデオでも説明されていますが、太陽光エネルギーは地球の外部からほぼ無償で供給されています。 この太陽光エネルギーを如何に上手く利用するかということが、地域活性化の一つの鍵になるのではないかと考えています。

勿論、「菜の花プロジェクト」との相乗効果も期待できます。

※ 現在、京都大学生存圏研究所 生物機能材料分野に対して、電子メールによる問い合わせを行っております。 返信が届き次第、こちらのブログでご紹介したいと思います。

2016年12月20日火曜日

九十九里町手記(115)

間が開いてしまいましたが、ブログでお話ししたいことがなかったからではありません。
逆に、お話ししたいことが多過ぎて、ブログに書くことに躊躇いがあったというところが本音です。

2009年3月21日に、はじめてブログの1ページ目を記してから、九十九里町で生活をしている方々と、町についての情報交換を行うことを、ブログの基本的な目的としてきました。
今後も、この基本方針は変えないつもりでいます。

今日は、九十九里町で初とされる「九十九里町福祉セミナー」に参加してきました。
このセミナーの目的は「住みなれた町で住み続けるためにはどうすればよいか」を考える機会をつくることだと思います。

福祉セミナーのプログラムは、
・基調講演「これからの地域福祉のあり方について」
 講師:亀山 幸吉 氏
・シンポジウム「住みなれたわが町で住みつづけるには」
 コーディネーター:亀山 幸吉 氏
 シンポジスト:
 山武市社会福祉協議会 須田 高 氏
 九十九里病院 森田 悠介 氏
 九十九里町社会福祉協議会 桜井 宏美 氏
といったものでした。

シンポジウムの中で、山武市が進める「生活支援体制整備事業」、九十九里町が進める「日常生活支援事業及び高齢者外出支援事業」と、2006年4月の改正介護保険法における「地域支援事業」との関係がよくわかりませんでした。

この地域支援事業とは、高齢者が地域で自立した日常生活を送ることを目的に、市町村が責任主体となって実施されるものだそうです。
この「地域支援事業」に対して、介護保険財政の3%を上限に、介護保険制度から費用が支払われます。

平成27年4月の法改正以前では、地域支援事業は
1. 介護予防事業:要介護認定で「非該当」になった人が対象
2. 包括的支援事業:地域包括支援センターが行う相談業務など
3. 任意事業:市町村独自の工夫に基づく事業
の3つに分かれており、その中核となるのが1.の「介護予防事業」です。

これが法改正の後では、
1. 新しい介護予防・日常生活支援総合事業:すべての高齢者
2. 包括的支援事業:内容を充実(生活支援体制整備事業など)
3. 任意事業:改正前と同様
となりました。

以上のことから、山武市社会福祉協議会による「生活支援体制整備事業」は、改正介護保険法における2.包括的支援事業の一環であることがわかります。
一方の九十九里町社会福祉協議会が進める「日常生活支援事業及び高齢者外出支援事業」は、上記のいずれに該当するものなのか俄かに理解することはできませんでしたので、後日確認をしたいと思います。

なお、地域包括ケアシステムに関する資料は、
http://www.murc.jp/sp/1410/sougou/2015/seminar_1506_01.pdf
からダウンロードできますので、興味のある方は一読されては如何でしょうか。

2016年11月3日木曜日

九十九里町手記(114)

何かと気忙しい日々を送っていますが、以前から温めていた自由大学構想を、少しずつ形のあるものにしていきたいと考えています。

今は未だ、経済的に窮している状況なので、できることも限られていますが、人が集まれば、そこから何か素晴らしいことが始まるような気がして、そのワクワク感がたまりません。
自由大学について、どのようなことでも構いません。思い付いたことがありましたらお知らせ下さい。 目的を実現させるための参考とさせて頂きます。

ここで、私の考えている自由大学とは、以下のようなものです。
「元々、自由大学の目的は、学問の中央集権と政府の教育統制に反対して、学問の自由を獲得し、労働に従事している人々が生涯学べる自治的な大学を設立することにありました。
然しながら一方では、自由大学が本来もっていた教育主義的、人格主義的性格は、自由大学運動の大衆化を妨げ、一部の好学徒の研究・修養機関たるに留まらせる原因となり、労働者階級の教育機関とはなり得ませんでした」

今の日本に、学ぶ自由がないと言ったら、そんなことはないと笑うことのできる方は幸せです。
自由大学では、講師に特別な資格は必要ありません。 学びたい内容について、有用な知識と経験をもつ人が講師になります。
もちろん、受講者にも特別な資格は必要ありません。 純粋に学びたいと思う気持ちがあれば、どなたでも参加できます。 受講料は原則として会場費用の負担分だけです。

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高橋

2016年7月8日金曜日

九十九里町手記(113)

物心がつくようになったとき、既に社会というものが存在していましたし、どのようにしてそうした社会が形成されたのか、考えたことはありませんでした。

中学生の頃だったと思いますが、太宰治の「人間失格」を読んだときに、それまで「社会」や「国家」が擬人化されて語られることに、何等疑問をもっていなかったことに気付きました。
そして今、この件について2年程前に手にした本の内容から、次の一節を引用させて頂きたいと思います。
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「繰り返すが、全体の行動が部分の行動にたやすく結び付けられないからこそ、創発は困難な問題なのである。 ---- 中略 ----
例えば、ゲノムを一遺伝子のように働くものとして論じないし、脳を個々の神経細胞のように働くものとして論じないし、生態系を個々の生物のように行動するものとして論じない。
そんな風に論じるのはばかげている。
にもかかわらず、社会現象に関しては、われわれはたしかに家族、企業、市場、政党、人口階層、国民国家などの{社会アクター}が、それを構成する個人のように行動するものとして論じる」
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社会科学では、集団の行動を代弁させるための個人のことを「代表的個人」と呼ぶそうです。

上記のことを踏まえて、個人のミクロな選択から実社会のマクロな現象をどのように導き出せばよいのでしょうか? 言い換えれば、家族や企業や市場や文化や社会はどこから生じて、何故現在の特徴をもつようになったのでしょうか? このような問いかけは、一般に「ミクロ-マクロ問題」と呼ばれています。

ミクロ-マクロ問題に類似したものは科学のどの分野でも起きており、「創発」と呼ばれることが多いそうです。2011年3月以降、私が当ブログを通じて体験してみたいと考えたのは、まさにこの「創発」でした。

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高橋

2016年4月29日金曜日

九十九里町手記(112)

「九十九里町に植物工場をつくりませんか?」プロジェクトや「九十九里町に自由大学をつくりませんか?」プロジェクトは、現代の経済の枠組みに合うものでないかも知れませんが、同じようなプロジェクトに、何時かは真剣に取り組まなければならない時代が来るのではないかと思います。
※ ここでは、「経済」を「理財」と言い換えた方が分かり易いかも知れません。
(理財とは、お金の流れ方を調べるという意味だそうです)

2011年3月11日の出来事をこちらのブログで紹介して以来、地域の人々の手により、そこで継続的に生活を営むための仕組みをつくる必要があるのではないかと考えてきました。既に多くの方々が、同じような考え方の上に立ち、地域創生のために具体的な活動を行っていらっしゃることと思います。

こちら九十九里町でも、そのような方々はいらっしゃると思いますが、私の力が及ばす、未だそのような方々とお話しをさせて頂く機会に恵まれていません。自由大学については、「教育」といった観点から私の心の奥に引っ掛かっていたことを、既に内田 樹さんが適切な表現で説明なさっています。

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教育というものは、まず需要があって、それに対して「はい、これがお求めのものです」と言って差し出して、引き換えに代価を受け取るというものではないと僕は思います。教育は商取引ではありません。最初は無償の贈与から始まる。教わりたいという人がいなくても、「私にはぜび教えたいことがある」という人が勝手に教え始める。聞きたい人がいれば、誰にでも教えますよという、教える側の強い踏み込みがあって教育は始まる。まず教える側の「教えたい」という踏み込みがある。それに対して、「教わりたい」という生徒の側の踏み込みがある。教える側の踏み込みと、教わる側の踏み込みが、両方成立したときに、初めて教育というものは成立するのではないか、と。
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この後内田さんは、教える側は境界線のこちら側にじっと待っていて、教わる側が自己の責任で、自己の判断で、境界線を越えて踏み込んで来なければならないと続けています。
自由大学に関する私の基本的な考え方も同じところにあり、「自由大学というものがあります、そこで自由に学ぶ楽しさを一緒につくりませんか?」と外に向かって発信することはできますが、後は受信者が境界線を越えて来るまで、じっと待つことが大切であることを、改めて認識することができました。

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高橋

2016年2月27日土曜日

九十九里町手記(111)

定年退職後は、ハローワークの求人情報を中心に職を求めているのですが、これから新しい職場を探すとなると難しいものがあります。

ただ、世の中には新品を求める人だけがいるわけではありませんし、古いものに価値を見出す人もいるでしょうから、要するに需要と供給をマッチングさせる場があれば、もっと高年齢者の潜在能力を引き出すことができるのではないかと思います。

私は、四半世紀を超えて、主に組み込みプログラムの開発に携わってきました。 しかし20年前頃から、組み込みプログラムに携わる若い方の将来に不安を抱くようになりました。 当時、私は知人に「組み込みプログラムの開発といった仕事は高年齢者に任せて、若い人は基幹系などの大規模なプログラムの開発現場に身を置いた方がよい」と口にしたものです。

スマートフォンなどの携帯端末を含め、Webアプリケーションなどと呼ばれるプログラムの開発には、インターネットを利用できる環境さえあれば、自宅でも可能な状況になっています。 このような理由から、この領域については女性の進出が目立つように思います。

これとは異なり、私が長年携わってきた組み込みプログラムは、常にハードウェアと表裏一体の関係にありました。 例えて言うならば、ものとものとをくっつける接着剤のような存在です。 つまり、現実の「もの」が存在しない世界(仮想世界)では、組み込みプログラム(元はファームウェアと呼ばれていました)も必要ありません。

このことは、新しい「もの」作りが減った市場では、組み込みプログラムに携わる技術者が、いずれは派遣労働者として市場を転々と渡り歩くであろうことを暗示しています。 ですから、若い人は少々敷居が高くとも、数百人という規模で開発しなければならない、基盤技術を支えるようなプログラムの開発に携わることをお勧めします。
尤も、私のように組み込みプログラムを作ることが好きだとおっしゃる方には、ご自身の人生ですから余計なことは申しません。

話が横道に逸れてしまいましたが、シルバー人材センターなるものがあります。 以前にもこちらのブログで触れたことがありますが、高年齢者(高年齢者雇用安定法によれば55歳以上の者)が働くことを通じて生きがいを得ると共に、地域社会の活性化に貢献する組織で、原則として市(区)町村単位に置かれる公益社団法人(一般社団法人と異なり、都道府県知事の認定が必要)だそうです。

このシルバー人材センターで、上述したような場を提供できればよいと思いますが、現実はそのようになっていないようです。 そこで、シルバー人材センターに対して提案を行うことも一つの方法ですが、独自にそのような場を設けることを考えてもよいのではないでしょうか。

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高橋

2016年2月9日火曜日

九十九里町手記(110)

東金に、一つのWebコンテンツ制作会社があります。
定年退職を機に、地元でお役に立てそうな企業を探していたのですが、残念ながら今のところ絆を紡ぐ相手を見つけるまでには至っていません。 一つには、私の歩み寄り方にも問題はあるのですが、こちらについては別の機会にお話しすることにします。

先のコンテンツ制作会社のNさんとは、最初に電子メールで接触を行いましたが、こちらから初めてお送りさせて頂いた電子メールにご返信頂いたときは、その割合が僅かであることを経験的に知っていたので、何かのお役に立てないかとその後も折に触れてお会いすることにしています。

WordPressと呼ばれるコンピュータソフトウェアがあります。
当初は、ブログサイトを簡単に構築できるソフトウェア程度に捉えていたのですが、Nさんとお会いして、企業のWebサイト(ホームページ)を構築する際にも利用されているとのお話しを聞いたので、WordPressについてもう少し詳しく調べてみたいという気持ちになりました。

そこで今回は、Nさんから教えて頂いた一冊の本を頼りに、WordPressの全体像に迫ることにしました。
※ WordPressに関する記事は、インターネットのあちらこちらで見つけることができます。

その前に、「ホームページ」というものの捉え方について、少し考えてみたいと思います。
Nさんのお話しでは、ご自身の経験から「ホームページ」を優秀な「営業マン」と捉えていらっしゃるようです。 もちろん、「ホームページ」は企業や団体だけでなく、個人でも利用されていますが、こちらは「自己発信」のための一つの手段としての色合いが濃いのではないかと思います。

いずれにしても、現在の「ホームページ」には、これでどうだと言わんばかりのコンテンツを詰め込み過ぎた結果、相手に伝えたい肝心な情報がどこにあるのかわからないといった問題があるのではないでしょうか。
また、どの「ホームページ」を見ても、情報の「発信」には力を入れていますが、「受信」のためには申し訳程度のページがあるだけです。

この点WordPressは、従来の「固定ページ」とブログにおける「投稿ページ」を統合した形で扱うことができるようなので、情報の「発信」だけでなく、「受信」についても充実したページを割り当てることができるのではないかと期待しています。

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高橋

2016年1月31日日曜日

九十九里町手記(109)

九十九里町に閑居を得たときに、九十九里町にお住まいの方々と、ブログを通じて情報の交換を行いたいと考えていたのですが、なかなかうまく行きませんでした。

また、SNS(Facebook)を利用して、植物工場に興味のある方を募ったこともありました。
そこでは、数人の方からお問合せを頂きましたが、いずれも情報を交換できる場として機能させるところまでは行きませんでした。
そこで、今後は昔ながらのアナログ的な情報交換の場を、少しずつ広げて行こうと考えています。

先ず、以前からお話ししている「自由大学」ですが、活動の拠点となる場所を決めておく必要があります。 もっとも、今は無職なので、場所を借りるための費用を捻出することは難しい状況です。
このようなときに、公民館などの公的機関が頼りになるのでしょうが、どちらか適当な場所をご存じの方はいらっしゃいませんか?

それから、「植物工場」や「自由大学」に興味はないが、今の九十九里町をより暮らし易い町にしていきたいと考えて、実際に行動している方がいらっしゃいましたら、ご本人からでもご紹介頂ける方からでも結構です、是非ご連絡頂きたく思います。

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高橋

2016年1月17日日曜日

九十九里町手記(108)

私事ですが、この1/11で定年退職となり、東京にある職場を離れました。
暫くの間は、こちら九十九里町で、新しいスタートを切る準備をしたいと考えています。

私の職種は、一般に「コンピュータ・プログラマ」と呼ばれているものですが、その中でもマイクロプロセッサと呼ばれるものの内部(または周辺)に、組み込まれた状態で使用されるプログラムの制作を行うので、特に「組み込みプログラマ」などと呼ばれる場合があります。

また、マイクロプロセッサに組み込まれた状態で使用されるプログラムのことを「組み込みプログラム」と呼んでいます(昔は、ファームウェアと呼ばれていたものです)。

最近では、「組み込みプログラム」という用語は、一般の方々の間にも広がってきていると思いますが、実際に組み込みプログラムというものの存在に触れる機会は少ないと思います。

在職中、25年間の賃貸生活から、こちら九十九里町に閑居を得ようと決めたのは、妻の病が切っ掛けでした。 当時は、新しい希望(妻の健康を取り戻すこと)を胸に抱くためだけに、九十九里町への移住を決断しました。

そこから5年の歳月が流れ過ぎた今、妻は小康状態を取り戻し、このまま夫婦二人で慎ましくも平穏で満ち足りた余生を送るつもりでいたはずでした。

ところが、以前のブログでも述べたように、そのような私の考え方を変えたのは、2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故でした。
地震自体は天災なので仕方のないことですが、原子発電所の事故は人災です。

でも、既に起きてしまったことをどうこう言ってもはじまりません。 これからできることの一つは、災害から町を守るためにはどうすればよいか、考えて行動することです。

それほど人目に触れることはないだろうと思いながら書き始めたブログではありますが、自身の考え方や行動を示す以上、一度書いたら後戻りはしないという決意がそこにはあります。

今後は、本ブログの内容を書き始めた当時の目的に沿うものに改め、福島第一原子力発電所の事故以来綴ってきた「現代版里山システム」については、「九十九里町に植物工場をつくりませんか?」ブログへ移すことにしたいと思います。

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高橋

2016年1月2日土曜日

九十九里町手記(107)

新年明けましておめでとうございます。
今年から、九十九自由大学(仮称)の実現を目指して、活動を開始するつもりでいます。

自由大学では、基本的に学術創生員の方々により講座が開かれます。 どの講座に、どのように関わるのかということは、その講座に参加する学術創生員の手に委ねられます。

ただ、現時点における自由大学の方向性だけは、明確にしておかなければならないと思いますので、以下にご説明させて頂くことにします。

1. 自由大学の目的
  現時点で自由大学の目的は、持続可能な現代版里山システムを構築することです。

2. 自由大学の構成
  自由大学は、学術創生員と呼ばれる一般の方々で構成されます。 自由大学への参加資格は特に定めません。

3. 自由大学の運営
  学術創生員には、講座のテーマ選定、講師の選出、講義に使用する資料の作成、会場の手配、講座のために必要な費用の捻出など、ご自身が参加できることに自発的に関わりをもつことが求められます。

4. 自由大学の講座
  民俗芸能、絵画彫刻といったテーマも興味深いものであり、私たちの生活と深い関わりがあるものです。 しかし、自由大学では実学を基本とするので、そこで取り上げるテーマは、私たちが生きていく上で必要なものを、成果として作り出さなければ意味がありません。
飲料水、食料、衣料、住居、エネルギーなどに関するテーマは、自由大学で取り上げるべきものです。

できれば、初回の講座を4月に開講したいと考えていますが、テーマが選定できないようでしたら、初回のテーマは「現代版里山システム」とする予定です。

学術創生員に興味のある方は、当ブログにご連絡先を残して頂けるか、下記メールアドレスまでご連絡下さい。

raputam@mail.com
高橋