行き付けの散髪店で、髪の手入れをして頂きながら、九十九里町にまつ
わるお話をお聞きするのも楽しみの一つです。
「虫送り」と呼ばれる行事は、農作物につく害虫を駆除する目的で、
かつては日本各地で行われていたそうですが、農薬が普及したことや
火事の危険性があるなどの理由で、姿を消していったようです。
今回は「九十九里町まるごと紹介ブログ」 http://blog.99ri.info
にその様子が紹介されているので、ここでは別のお話をしたいと思い
ます。
散髪中の四方山話から、九十九里町では新しい産業が育っていないと
いう話がでました。 そこで、この話題を取り上げる前に、閑居周辺
の土壌について、少しお話をさせて頂きたいと思います。
閑居周辺の土壌は所謂砂地で、そのままでは家庭菜園に向かないで
あろうことは、素人の目にも明らかでした。 そこで、何年かかけて
有機質と無機質をバランスよく含む土壌を目指して、土作りを行うこ
とにしました。
ただ、黙々と土作りを行うのではなく、興味のある野菜や果物を併せ
て育てています。 ここで、一般の家庭菜園と違うところは、野菜や
果物を収穫せずに、あるものはそのまま土に返し、あるものは次の世
代の種を残すことを目的としている点でしょうか(誘惑に負けて、私
の体の一部になったものがない訳ではありませんが)。
このことから、私が申し上げたいことは、土と植物を別々に育てるの
ではなく、両者の継続的な強調作業が必要ではないかということです。
さて、九十九里町に新しい産業を育てるときにも、同じようなことが
言えるのではないでしょうか。
[近くに働く場所がない] → [若い労働力が町を離れる] → [町の収入
が減る] → [雇用問題に対して有効な手が打てない] → [働く場所が
減る] → ・・・
「企業は人なり」とは、松下幸之助氏の言葉だそうですが、「町は人
なり」との観点から、22世紀に続く町の在り方について考えて行きた
いと思います。
2011年8月15日月曜日
2011年8月7日日曜日
九十九里町手記(39)
21世紀という言葉の響きが、言い知れぬ期待と不安をもたらしたのは、
何時頃のことだったのでしょうか。
最近、21世紀は警告する⑥「悪魔の二者択一」を超えて、日本放送出版
協会、を読み直しているのですが、プロローグの中にご紹介しておき
たい一文があります。
........
タイトルは、このまま何もしないで二〇世紀が終わったら、一番被害を
受けるのは二一世紀に生きる子どもたちのはずであるから、『21世紀は
警告する』にしよう、と考えた。---- <途中略>---- 『21世紀は…』
ではなくで『21世紀へ警告する』ではないのか、という質問を何度も受
けたのであった。
冗談ではないのである。警告を受けるべきなのは現在の状況をつくり
つつある私たちであって、まだ実体もない二一世紀の住民ではないのだ。
私たちは警告されこそすれ、警告できる立場にはない。
二〇世紀とは、実に危険な、問題だらけの文明を築いてしまった100
年なのであって、次の世紀に警告を発することができるほどの立派な
時代ではないことは、既にはっきりしている。
........
21世紀の幕が開けてから11年目にして、悪魔が配って伏せたカードの
一枚を引く羽目になった私たちは、二一世紀に生きる子どもたちへ
かける言葉を見つけることができません。 唯一、見つけることがで
きるとすれば、それは真実をおいて他にないと思います。
そして、伏せられた次の一枚を引く前に、21世紀に生きる子どもたち
と共に、私たちの手で新しいカードを用意する必要があるのではない
でしょうか。
---------------------------------------------------------------
期せずして、東葛テクノプラザが開設する大学等研究交流サロンの催し
で、千葉大学の植物工場見学に参加することができました。
そこから、あれこれ思い悩むのは後にしても、先ずは21世紀に生きる
子どもたちと共に、そして22世紀を生きるであろう子どもたちを思い、
できることから手をつけようという気持ちになりました。
東京電力福島第一原子力発電所の事故から学ぶこと、失われゆく理性、
人口急増、貧困と飢餓、自然破壊、経済不安など、私たちの手で用意
すべきカードについて、ご意見をお待ちしています(小中高校生の皆
さん、乳幼児を抱えていらっしゃるご家族の皆さんからのご意見は貴
重だと思います)。
電子メールアドレス:Raputam@mail.com
何時頃のことだったのでしょうか。
最近、21世紀は警告する⑥「悪魔の二者択一」を超えて、日本放送出版
協会、を読み直しているのですが、プロローグの中にご紹介しておき
たい一文があります。
........
タイトルは、このまま何もしないで二〇世紀が終わったら、一番被害を
受けるのは二一世紀に生きる子どもたちのはずであるから、『21世紀は
警告する』にしよう、と考えた。---- <途中略>---- 『21世紀は…』
ではなくで『21世紀へ警告する』ではないのか、という質問を何度も受
けたのであった。
冗談ではないのである。警告を受けるべきなのは現在の状況をつくり
つつある私たちであって、まだ実体もない二一世紀の住民ではないのだ。
私たちは警告されこそすれ、警告できる立場にはない。
二〇世紀とは、実に危険な、問題だらけの文明を築いてしまった100
年なのであって、次の世紀に警告を発することができるほどの立派な
時代ではないことは、既にはっきりしている。
........
21世紀の幕が開けてから11年目にして、悪魔が配って伏せたカードの
一枚を引く羽目になった私たちは、二一世紀に生きる子どもたちへ
かける言葉を見つけることができません。 唯一、見つけることがで
きるとすれば、それは真実をおいて他にないと思います。
そして、伏せられた次の一枚を引く前に、21世紀に生きる子どもたち
と共に、私たちの手で新しいカードを用意する必要があるのではない
でしょうか。
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期せずして、東葛テクノプラザが開設する大学等研究交流サロンの催し
で、千葉大学の植物工場見学に参加することができました。
そこから、あれこれ思い悩むのは後にしても、先ずは21世紀に生きる
子どもたちと共に、そして22世紀を生きるであろう子どもたちを思い、
できることから手をつけようという気持ちになりました。
東京電力福島第一原子力発電所の事故から学ぶこと、失われゆく理性、
人口急増、貧困と飢餓、自然破壊、経済不安など、私たちの手で用意
すべきカードについて、ご意見をお待ちしています(小中高校生の皆
さん、乳幼児を抱えていらっしゃるご家族の皆さんからのご意見は貴
重だと思います)。
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