2021年2月14日日曜日

九十九里町手記(165)

 昨日の23:08頃にかなり大きな地震がありました。

はじめに揺れを感じたのは、スマートフォンから警報音が流れた後、30秒ほどしてからでした。 暫くして揺れが治まった後に、スマートフォンに何か情報は流れていないかと探してみたのですが、地震に関する情報は特に見当たりませんでした。

結局、TVのニュースで震源地は福島県沖であること、津波の心配はないことなどがわかり一先ず安心したのですが、10年前のことを一瞬思い出しました。

コロナ禍の最中であっても、自然災害はお構いなくやってきます。 10年前のあのときに感じたことを、丁度10年後となる今年の3/11に、もう一度思い出してみようと思います。

何かをはじめようとするとき、私はよく水を入れたペットボトルを思い浮かべます。2年前に、九十九里小学校でマイコンクラブを担当させて頂いたときも、部員の皆さんにペットボトルのお話しをしたと思います。

前回のブログで「モノと情報」が別々のものとして扱われるということをお話ししましたが、ある時代では一つであったものが、別の時代では別々のものとして扱われることがあるということは、何も特別なことではないとおっしゃる方もいらっしゃると思います。

「トランジション」の考え方は、(私の理解が誤りでなければ)体の中の適応免疫(獲得免疫)のようなものです。 この適応免疫の中心的な存在は、B細胞(Bリンパ球)とT細胞(Tリンパ球)ですが、特にB細胞は、生まれたときからその表面にIgMという抗体をもっています。

このIgMは、B細胞が抗原(体内に侵入した異物)を認識する受容体としても働くため、B細胞抗原認識受容体(BCR)とも呼ばれます。

一つのB細胞は、このBCRを1種類だけしかもっていないので、この世に存在する無数の抗原に対応するためには、無数の種類のB細胞が必要になります。 驚いたことに、私たちの体内には少量多品種のB細胞が予め用意されているそうです。

B細胞の多様性が示すところは、地域社会がどのようにあれば望ましいのかといった問に対する一つの答えと捉えることができます。

つまり、私が述べたいことは、「トランジション」の考えはその地域に住まう人たち一人一人の中にあり、特定の人やグループにあるものではないということです。

そのような「トランジション」の考え方を、この地域(九十九里町)で実践しようとする試みが「トランジション・タウン 九十九里町(T.T.K.)」です。

T.T.K.では、毎月の最終日曜日14:00から30分間だけ、Zoomミーティングを利用したオンライン学習会(意見交換会)を開催しています。 今月(2月)は2/28(日)の14:00から予定しているので、詳細は、T.T.K.のブログサイト( http://tt.tsukumo.mydns.jp )をご覧ください。