2019年6月10日月曜日

九十九里町手記(145)

先月の15日(丁度前回のブログを書いた日)に自動車による事故があり、場合によってはこちらのブログは前回で終了していたかも知れません。 首と肩の痛みはまだ残りますが、心の方は落ち着いてきたようです。

東金図書館で、「これからの本の話をしよう」というタイトルの本を借りました。 どこかで見たようなタイトルだなと思いましたが、マイケル・サンデルさんの『これからの「正義」の話をしよう』だったことを後で思い出しました。
因みに、「これからの○○○の話をしよう」というタイトルの本が、結構あることに驚きました。

この本の内容を正確に思い出すことはできませんが、記録媒体が紙からDVDに変わったということよりも、なぜ人は本を書くのか(読むのか)といった心象的な意味で共感できる部分があったように記憶しています。

私自身は、九十九里町に閑居を得てから暫くの間は、静かに余生を送る準備をしようと考えていたのですが、2011年3月に発生した原発事故を切っ掛けに、次の世代を担う人々のために、少しでもできることがあるのならばしておこうという気持ちが起こり、今は九十九里町でトランジション・タウン運動を広める活動をしています。

九十九里町は、東京の丸の内から直線距離でおよそ65kmの位置にありますし、JR東金駅からJR千葉駅までは45分程で行けますから、九十九里町に職を求めず、帰って寝るだけの場所と割り切って考えることもできないことではありません。

でも、もしそうならば、東金に生活の拠点を置き、千葉市周辺に職を得た方がよいのではないでしょうか? 因みに、九十九里町から東金駅へ出るためには、自家用車か便の悪い路線バスを利用しなければなりません。

それでは、九十九里町に住む利点とは、どのようなことがあるのでしょうか。
よく耳にする言葉に「豊かな自然環境に恵まれている」というものがあります。 でも、ある本によれば、「便利な都市環境に恵まれている」ことの方が希少価値としての利点であり、殆どの地域は豊かな自然環境に恵まれていると書かれていました。 つまり「豊かな自然環境」は、必ずしも人々を引き寄せる理由にはならないということでしょう。

勿論、今見る「豊かな自然環境」も、本来あるべき姿を欠いてきていることは承知しています。

私が、九十九里町でトランジション・タウン運動を広める活動を始めた本当の理由は、逆説的な言い方になりますが、九十九里町に住む利点を殆ど見つけることができなかったからです。

でも、本当にそうなのでしょうか? 九十九里町に住まう人々の中には、私が見つけることのできなかったものを掘り起こしたり、新しく創造したりできる方がいらっしゃるのではないでしょうか? それだけでなく、実際に活動なさっている方がいらっしゃるかも知れません。

私は、そういった方々と共に、残された人生についてトランジション・タウン運動を通じて語り合いたいと考えています。

※ トランジション・タウン 九十九里町に興味のある方には、下記のURLが参考になります。
・トランジション藤野:http://ttfujino.net/
・トランジション・タウントットネス:https://www.transitiontowntotnes.org/
・ECOネット東京62:http://all62.jp/ecoacademy/71/01.html

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