今回は、「社会を変えるには」(小熊 英二著)から、代議士制民主主義について考えてみたいと思います。
小熊さんがその著書で述べていらっしゃるように、そもそも民主主義とは何かについて紐解こうとすれば(代議士制については後述)、その歴史的背景を学ぶ必要があると思います。 けれど、どこまで歴史を遡ればよいのか、私には見当がつかないので、同書に述べられている、フランスの哲学者であるルソー(ジャン=ジャック・ルソー)から始めることにします。
ウィキペディア(Wikipedia)によれば、ルソーは当時の君主主権(君主に政治に関するすべての決定権があるとする考え方)に対して人民主権の概念を打ち立て、これが後の民主主義の進展や普通選挙制の確立に大きく貢献したと説明されています。
さて、上記の人民主権ですが、
1. 国民主権(英:Popular sovereignty)は、国民が政治権力の源(拠り所)・責任主体であり、政府は国民の意思により設立され運営される機関であるとする思想のこと。 主権在民または人民主権ともいう。 -ウィキペディアより-
2. 人民主権は、主権が具体的存在としての国民個々人に区別されて帰属すると考えるのに対して、国民主権では「国民」を抽象的な存在として捉え、主権は国民個々人に分有されず、総体としての国民の帰属すると考えます。 -教えて!gooより-
3. 国家の主権が人民に属すること。 -はてなキーワードより-
4. 国民主権は、政治は「財産と教養ある人々」が議会を通じて全国民を代表し、一般庶民は統治能力をもたないという政治思想を表現したものであり、ルソーの一般意志に基づく全構成員による政治という人民主権論から導出可能な制度の確立を否定した概念であるといえよう。 -YAHOO! 百科事典より-
5. 主権が人民にあること。国民主権。-コトバンクより-
6. 国家の主権が人民に属すること。 -weblio辞書より-
のように説明されています。
では、私はこの時期に、なぜ民主主義について考えているのでしょうか。 結論を先に述べてしまえば、それは今と違う町の在り方を提案し、実現する仕組みを考えていきたいからです。 そのためには、今の自分の考え方を、他の様々な考え方と比べながら、必要に応じて、より良いと考えられる方向へ修正していかなければならないと思うからです。
九十九里町で働く場所を見つけるために私は、現時点で「九十九里町に植物工場を作りませんか」プロジェクトを計画しています。 元々は、植物工場といった発想ではなく、自分一人の生活が成り立てばよいと考えていたのですが、3・11の震災が私の考え方を変えました。
私が考えている植物工場の規模になると、一人だけで騒いでいても、どうなるものではありません。 けれど、同じことを考えている人々が集まれば、計画が実現へと動き出すのではないかと思います。
※ 具体的な計画につきましては、前回お話したように新設するホームページでご紹介させて頂くことにしますが、次回は「九十九里町に植物工場を作りませんか」プロジェクトと「民主主義」の関係について、少しだけお話させて頂きたいと思います。
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