昨日は、厳しい冷え込みの中を、伊能忠敬 記念公園の清掃活動に参加しました。
この公園は、公の清掃事業とは別に、各自治区が交代で清掃活動を行っているので、雑草の生い茂る初夏や、落ち葉の舞い散る晩秋の一時期を除き、比較的良好な景観を保っています。
私が九十九里町に閑居をつくるかどうかを決断するために現地を訪れた際、西の下の交差点から不慣れな土地を歩き疲れたときに、一時の休息を得たのがこの公園でした。
当時は夏の暑い盛りでしたが、手入れの行き届いた公園の緑が、今も記憶に残っています。
さて、清掃を終えて近所の方と話をする中で、高齢者世帯(一人暮らし高齢者を含め)の見守りについて、現役時代に情報処理産業に関わった者の一人として、考える必要があるのではないかと思いました。
つまり、世の中にIoT技術が遍く浸透しているかのように見える状況下にあっても、それを利用するためのソフトウェア技術は、果たして人が望むような形で実現されているのだろうかということです。
情報処理産業とは無関係の方でも、Webを調べれば腕時計タイプの生体活動量計が、概ね1~3万円程度で入手できることはわかります。 また、それらの活動量計はスマホを介し、他の情報処理システムに活動量を転送することも可能です。
このような情報端末を利用すれば、スマホが使えない一人暮らしの高齢者を遠隔で見守ることが可能ですし、高齢者の不安を少しでも軽減できるのではないかと、どなたでも考えることでしょう。
しかし、技術的には十分可能な状況にあるにも関わらず、現実はそのようになっていません。
一体、何が問題なのでしょうか?
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